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8月31日(木) 活動報告 

 朝は横浜へ。10時よりローズホテルにて、総裁選の党員投票用ハガキのシール貼りをしている県連女性局の皆様に慰労のご挨拶。その後、川本工業の川本社長と打ち合わせ。そのまま昼食もご一緒する。隣の自民党横浜市連へ、藤代幹事長、平山事務局長らと打ち合わせ。
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 5件ほど挨拶廻りをして、東京に戻り、15時半に葉梨康弘議員とともに党本部幹事長室へ向かい、北朝鮮拉致対策本部長である逢沢一郎幹事長代理へ先般のモンゴル出張についての報告を行った。さらに逢沢さんと秋田2区の小野貴樹支部長と政経塾のミニ集会。
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 菅義偉議員から電話が入り、「再チャレンジ議連の幹事に入れておくから」と言われる。2周遅れぐらいで、役職がついた。いずれにしても安倍総理を誕生させるのが目標。会館事務所に戻り、西村康稔議員とともに、いよいよ期限の迫った出版の最終打ち合わせ。表紙も決まり、あとは校正作業のみ。その後、18時から森喜朗会長と面会。横浜へ急いで戻り、インペリアルサロンにて福島県出身者が中心の後援会である福温会の役員暑気払いに出席。海外出張など近況報告を行う。終了後、赤坂にて群馬県出身の皆さんの集まりである「板東太郎の会」に福島と群馬は尾瀬で接しているからという理由で出席する。カラオケを歌わされる。2次会まで盛り上がって、解散。
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8月30日(水) 活動報告 

 午前、党本部へ向かい、u-japan特命委員会に出席。IT関係の予算概算要求について説明を聞く。12時より赤坂プリンスホテルにて清和研在京議員昼食会に出席。森会長の挨拶の後、安倍官房長官から事実上の出馬表明。
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 午後は会館事務所へ戻り、11日に開催される『安心・安全な情報経済社会の実現』に向けたフォーラムについて情報経済課より説明を受ける。当日は20分程度の基調講演を依頼されており、講演内容等について打ち合わせをする。引き続き、3日日曜日からのインド出張について、情報通信機器課と通商政策局より説明を受ける。さらに情報セキュリティ室から帰国後成田から直行する予定の「u-kanagawa 協議会」の説明。ここでも15分ぐらいのミニ講演の予定。モンゴルからの帰り、ロス行きと悪天候でフライトスケジュールが遅れた。インドからの帰りは、オンタイムでなければ横浜に間に合わない。

 14時半より衆議院第二議員会館の会議室にて、中小企業と地域再生議連の総会に出席。会館に戻り、明日締め切りの出版の大詰め作業を行った後、17時半より西村康稔議員とともに官邸に安倍長官を訪問し、出版予定の本の推薦文をいただく。テーマである資源エネルギー問題について、先日の南米出張の報告も兼ねて、長官に政策提言。ついでに韓国の情勢報告も。その後、赤坂プリンスホテルにて清和研の会議に出席。総裁選は選対本部、再チャレンジ議連、清和研といろいろ主体があって難しい。さらに少し距離のある参議院もあり、今回は活躍するような場面はなさそうだ。地道に新総裁のために働こう。会館事務所に戻り、出版作業を行った後、どうしても左腰が痛くて、新宿でハリ治療。さあ、いよいよ締め切りだ。現在午前1時。

8月29日(火) 活動報告 

 初めてつくばエクスプレスに乗って、筑波へ。たった45分、便利になった。駅からタクシーで国土地理院へ。今日は前通常国会で提出した地理空間情報活用推進基本法案の審議の準備のため、測位・地理情報システム合同部会の視察。概要説明、GPSの活用事例、ある地点の緯度経度を常時計測する、電子基準点などの説明。日本列島は動いている。外に出ると日本列島を縮尺した球体の模型があって、南鳥島、沖ノ鳥島など、日本の領海やEEZが広大なことを再認識。沖ノ鳥島にも電子基準点があった。海洋国家日本にとっては竹島や尖閣もやはり必要だ。

 バスで浦安に移動。浦安市役所で統合型GISの運用状況について説明を聞く。浦安では自治省の統合型GISの実証実験を行ったのをきっかけに本格的な運用を行っている。道路台帳図、家屋図、地番図、地形などのデータを重ね合わせ、庁内で1枚の共通の基図「共用空間データベース」を整備しており、庁内各課の連携強化、重複投資等がなくなることによる予算の削減等、様々な効果が得られていると言う。



 そのまま議員会館へ戻り、メールチェックや打ち合わせなど。6時から会館近くの中華料理屋で今日の視察の懇親会。内閣官房、国土交通省、文部省、経産省、総務省などの担当者と意見交換。

 その後、某IT企業の社長室長と会食。10時に世耕さんと合流、若手6人で遅くまで、打ち合わせもろもろ。次は総裁選後にやろうといって別れる。

8月28日(月) 活動報告 

 今日は神奈川16区補選の事務所開き。朝、横浜から厚木に向かう。事務所には既に猪口大臣も到着済み。事務所開きに引き続いて街頭演説会もあるので、出席者も豪華メンバーで逢沢幹事長代理、山本一太さんなどの顔も。神事を終え、セレモニー。亀井善太郎候補予定者からも力強い挨拶。事務所メンバーはおそろいのオレンジのTシャツ姿で、僕も着替えることに。次はカジュアルなパンツも持参しよう。



 本厚木駅駅頭では、地元の甘利政調会長代理、河野太郎県連会長、川口よりこ元外務大臣なども加わった。故亀井善之先生が、5年前の参議院選挙の際に、朝6時から同じ本厚木の駅頭に立ってくれたことを話した。厚木の平本さんと税理士の鈴木先生と中小企業向けの税制について意見交換。昨年末の税制改正に盛り込んだ同族会社の役員報酬への課税は、批判が多い。昨年の財務省の説明では対象になる企業数は少ないとのことだったが、実際に試算をするとかなりの数に。善太郎さんの代理で中荻野の老人会に顔を出す。



 横浜へ向かい。高梨商工会議所会頭、横浜エレベーター勝社長、松尾建設松尾社長など、飛込みにも関わらず面会できた。新横浜に向かい、神奈川区選出福田進市会議員の納涼の集いに参加、福田市議、梅沢県議と各テーブルをあいさつ回り、登戸に向かい川崎市連青年局の納涼の会に出席、盛り上がって東京に戻った。


8月27日(日) 活動報告 

 早起きしてジムに行こうと思ったが、無理だった。一日原稿のチェック。結構手間がかかるし「こんなエピソードも入れよう、あんな写真もあった」ときりが無い。

 夕方瀬谷の米軍通信基地へ。恒例の川口まさとし横浜市議の夏祭り。後援会と瀬谷の自民党の手作りだが、規模は大きい。後援会幹部と来賓にはお揃いのアロハが用意してあって、夏気分に。「小林さんはLLでは小さいよね」と言われ「十分です」と答える。遅れて到着の川口より子議員は会場でせっせと名刺配り。外務大臣、環境大臣に暑い中、選挙運動をさせてしまって申し訳ないと思いながら、負けずに出来たばかりの名刺リーフ秋バージョンを300枚配布して帰る。


8月26日(土) 活動報告 

 目覚ましをかけずに寝たら、12時間の爆睡。さすがに1ヶ月に4回の出張+原稿執筆のダメージか。あわてて用意をして事務所へ。久しぶりのミーティング。気がつくとパーティーまで1ヶ月と1週間。東京の準備も出来ていない。

 平塚へ向かう。片倉章博平塚市議の市政報告を兼ねた納涼会に参加。ゲストは地元河野太郎議員と森県議。太郎さんには昨日突然事務所を急襲され、総裁選の推薦人の書類を手渡された。その行動力には敬服しているし、所属県連の会長でもあるが、官房長官に政策メモを持っていく予定だし…。レバノンに行ったときにお世話になった読売の相原記者が、平塚市長選に挑戦を決意したとのこと。日本でも有数の中東情報を持った方だが、地元のために奮起する。応援せねば。そういえばあの時行ったヒズボラの村は、攻撃されてボロボロになったらしい。河野事務所にいたレバノンのアリ君は、フランスに脱出できたそうだ。続いて横浜西区へ向かい菅義偉議員の盆踊りへ。この夏祭りがあるので、区の盆踊りが無いと言われるほどの賑わいで、今年は特に総裁選の立役者として菅先生が注目されていることもあり、1万人をはるかに越える人出。戸塚へ向かって吉原さとし市議会議員の夏祭り。歌謡ショーと抽選会の合間にご挨拶。ここも後援会の手作りの温かい夏祭りが例年行われる。3ヶ所で、おでんや焼き鳥や焼きそばを勧められ、つまみ食いでカロリーオーバー。ジムに行かなくては。



8月25日(金) 活動報告 

 朝から、原稿の校正作業。昨日の文章は我ながら出来が良かった、と夜は思ったが、朝見るとイマイチ。11時から今日の経済産業部会の議題である平成19年予算のレク。安倍内閣成立の場合には再チャレンジはスポットが当たるので、もっと大幅に予算要求してはどうかとコメント。続いて税制改正のレク。ベンチャー支援税制もメニューに載っているが、実現のために例年以上にいろいろ知恵を出すことに。さらに9月のアフリカンフェアーの説明。9月1日のレセプション、2日の開会式に出席することに。国際版一村一品プロジェクトの集大成でもあるので、成功させたい。会館の入り口で世耕さんとバッタリ。総裁選何か仕事くださいとお願いする。いつの間にか森派若手は蚊帳の外になってしまっているのが残念。

 12時から情報産業振興議連、19年度予算と日本版検索エンジンを創ろうという「情報大公開プロジェクト」がテーマ。自分からは情報大公開プロジェクトの予算要求50億で足りるのか、いつまでに日本版検索エンジンを完成させるべきかを敢えて質問。そもそもヤフーやグーグルはジーパン履いた学生が創ったもの。国の予算で検索エンジンを創ろうということ自体、日本らしい発想だが、事態は深刻で急を要する。国策としてやるならもっと大胆にリソースを投入すべき。



 その後、経済産業部会。久々に党本部で大勢の国会議員と顔を合わせる。19年度予算案などの説明。つつがなく終了。会館で瀬戸審議官とインド出張についての打ち合わせ。4時から自民党コンプライアンス室を訪問し、法曹団メンバーと意見交換。5時半からは会館で鈴木企業行動課長、斉藤産業再生課長とベンチャー支援もろもろについて打ち合わせ。合間に原稿を書きながら、有楽町へ。福島芸能人の会に初出席。平成の黄門様、渡部恒三先生が一番の芸人だった。8時に会館に戻り原稿執筆。疲れたので久々に焼き鳥。本場の日本食はうまい。

8月24日(木) 活動報告 

 昨夜のバクダン酒が時差ぼけ解消に役立ったようで、以外とすっきりした目覚めだった。大使館の宮島公使と朝食をとりながら、昨今の日韓関係と、日本の新政権の対韓スタンスなどについて意見交換。レイムダック化しているとはいえ、ノムヒョン政権は少なくとも一年以上は続く、ポスト小泉政権がどう付き合うかはかなりの難作業。靖国、竹島、北朝鮮、FTAといったカードをノムヒョン政権がどう使うかを予測すると、結構悲観的になってしまう。

 その後、パクチョルヒ-ソウル大教授とホテルのロビーで落ち合う。文正仁安全保障担当大使も遅れて加わる。ノムヒョン政権は9月中旬の米韓の首脳会談を大きな節目と考えている。北朝鮮や在韓米軍を巡って、米韓もギクシャクが続いているが、その関係改善の必要性は認識しているようだ。一方、相変わらず政権内に日本を理解してくれるブレーンはごく少数。何かきっかけが必要だということで意見は一致。引き続きそれぞれ働こうということになった。12月に韓国の東アジア財団と国際経済交流財団の共催でシンポジウムの開催が決定し、その中でも新政権のもとでの対韓政策をハイライトすることに。

 13:45仁川発のJALで成田へ。数えてみたらこの1ヶ月の間に20回以上飛行機で移動している。マイルはたまったが疲れもたまっている。空港から直接鎌倉へ向かう。移動中も出版原稿の打ち合わせなど。車の中でパソコンを使って、若干気分が悪い。7時から中村省司県会議長の後援会、「中村省司を囲む会」の総会懇親会に出席。会場を一回りして、東京に戻るが、議員会館はエアコンが止まっており、議員宿舎の会議室を借りて原稿の打ち合わせ。明日の昼が2回目の締め切りのため、遅れていた第3章部分をまとめる。字数は既に確保したが、中身が問題。更なるブラッシュアップが必要。11時半に終了。今日もクタクタ。


8月23日(水) 活動報告 

 今日も早起き。われながらタフさを痛感。6時45分に羽田空港に向かい、8:20発の日本航空で韓国のソウル金浦空港へ。今年3回目の訪韓になるが、今回は日韓議員連盟・韓日議員連盟合同幹事会の出席のための出張。10:40に金浦空港に到着。

 ホテルにチェックインするやいなや、大使公邸に向かう。大島正太駐韓大使に招かれ、昼食会。一便遅いフライトで到着した日本側メンバーも加わり。大島大使らと昨今の日韓関係について意見交換する。大島大使も着任一年を迎えるが、ギクシャクする日韓関係で苦労も多そうだ。


 16:00から、日韓議連・韓日議連合同幹事会。議題は、次の合同総会について。前回は昨年11月、韓国で開催したため、次回は東京で開催されることになる。韓国権哲賢幹事長、日本側河村建夫運営委員長の司会で、各分科会からの報告も行われた。私が所属する21世紀委員会は、日韓の議員の中でも若手が所属し、未来志向で日韓友好関係を築いていこうという分科会であるが、今回は日本側の委員長である小野晋也衆議院議員が欠席のため、事務局長である私が、双方議員による選挙区の相互訪問事業の進捗や日韓議連・韓日議連合同のホームページ作成など現在の活動について報告した。11月の総会で、時間をもらって21世紀委員会の活動報告をすることに。



 夜は、韓日議連主催の夕食会。韓国の文喜相会長も加わり、韓定食とバクダン酒の宴会に。権幹事長は、私にとって韓国の「ヒョンイム」(兄貴分)、かつて河野太郎事務所にいた李成権議員、河村先生と4人で2次会に。また遅くまでバクダン酒の嵐が吹き荒れる。

8月22日(火) 活動報告 

 さすがに朝と夜がひっくり返っていて、一日では戻らないが、朝イチで横浜へ向かう。11時よりパシフィコ横浜会議センターにて、神奈川県選出国会議員会議に出席。その後大会議場で、ブロック大会の司会の打ち合わせ。


 12時からはインターコンチネンタルホテルにて、再チャレンジ支援策を考える神奈川セミナーに出席。安倍官房長官の講演を聞く。その後、本日のブロック大会にて、同じく司会を務める小渕優子議員とともに、最終の司会打ち合わせ。14時からパシフィコ横浜にて、南関東・北関東ブロック合同大会が開会。序盤から小渕・小林の掛け合いに会場も沸いて、スムーズに。参議院候補や神奈川16区補選の亀井善太郎候補の紹介の後、総裁選立候補予定者の安倍官房長官、麻生外務大臣、河野太郎法務副大臣、谷垣財務大臣、鳩山邦夫元文部大臣といった、総裁選立候補予定者が出席し、10分ずつの所信表明を行った。特に河野太郎県連会長は、絶好調だった。良い具合にそれぞれの主張もかみ合い、メディアへの露出も大きく、総裁選の前哨戦としては良い感じだった。何より5000人の観客(うち半数以上は神奈川県の参加者)の前で、ガンバローコールも任され、目立たせてもらって良い選挙運動になった。打ち上げで県連や横浜市連の女性局の皆さんと盛り上がり、山下公園前に移動。中区選出、松本研横浜市議の主催する本牧火研会の暑気払いに出席して帰る。ああー疲れたと思ったら電話。横浜のベンチャー経営者と今日も遅くなる。

8月21日(月) 活動報告 

 ニューヨーク発の全日空のフライトは、日付変更線を通過し21日に。約13時間のフライトの後、15:25成田着の予定が、かなり早まり、14:30頃には成田に到着。リオの空港からは32時間かかった。長旅の荷物、土産などを車に移し変えた後、東京に戻る。

 宿舎で荷物などを降ろし、出版原稿の打ち合わせ等を行った後、夜は来日中の韓国の経団連である全経連のシンクタンクである韓国経済院院長の歓迎会。日韓親善協会や在日韓国商工会議所会頭などと、尽きない日韓談義。長旅の後、和食で有り難かった。早めに帰宅し、いつの間にか就寝。

8月20日(日) 活動報告 

 今日は南米からの帰国日。リオからサンパウロでワンストップして、13時間後の、早朝6時にニューヨークのJFK空港に到着。6時間半の乗り換え時間を活用し、朝日課長とマンハッタンへ。アメリカ共和党大会以来2年ぶりのNYで、日曜の早朝にもかかわらず、着任直後の奥村ニューヨークJETRO所長、多田次長、総領事館の畠山領事ら経産省からの出向組と食事。友人の大橋弁護士も加わり、アメリカの景気、次期大統領選、ヒラリークリントンの動向など。ニューヨークの景気は相変わらずらしく、高層のオフィスビルやアパートの建築現場もあちこちに。将来の大統領選出馬も噂されるブルームバーグ市長はNYを世界で最も安全な街にすると言っているらしいが、初めてNYに来た19年前に比べると街の雰囲気も治安も段違いなのは確か。おかげでホテルの宿泊料金も高止まりで出張者泣かせらしい。とはいえ、興味は米国経済がソフトランディングできるかどうかに移っており、日本への影響も懸念されるところ。帰りに街中のドラッグストアをはしごして、日本では高価なサプリメントを大量に仕入れる。未だにこの価格差は問題。薬事法の関係もあるようだ。2時間だったが、やっぱりマンハッタンは世界一かっこいい。(住むのは日本の方がいいが)



 テロ未遂の余波で、チェックインに時間がかかるかもしれないとのことで、早めに空港へ。何事もなく結局ラウンジでそれぞれ仕事。11日間のハードな出張もやっと終了間近。とはいえ、残りは14時間のフライト。12時半NY発の全日空で成田へ向かう。機中はワイヤレスインターネットが使用可能。2年前にE-JAPAN特命委員会でプレゼンを見たボーイングのサービスを初めて使ってみる。約3000円の料金は若干高い気もするが、時間には換えられない。これで出張中の機中もメールに追われるビジネスマンには気の毒かも。明日(明後日?)のブロック大会の司会を考えると、時差ぼけ防止に、寝ないで仕事することに。出張のまとめ、ブロック大会の司会原稿、ホントに締め切りを迎える本の原稿などかなりの量の仕事が進む。いつの間にか日付変更線を越え、21日に。

8月19日(土) 活動報告 

 今日は土曜日のため、アポイントが入らず若干休日モード。ホテルを9時過ぎに出発、コルコバードの丘に登る。リオの市街に隣接してそそり立つ標高710メートルの岩山でその頂上にキリスト像があるリオのシンボル。本来ならリオ市街を眺める絶好の展望台であるはずだったがガスがかかっていていた。



 その後H(アガ)スターンの本社・宝石研磨工場を視察。資源国ブラジルは世界有数の宝石の産地でもある。ブラジルの資源の分布状況を見ると、アフリカの一部とブラジルでしか出ない鉱石などが全土に点在。原石の採掘、カット、研磨され商品化されていく工程がよくわかった。

 昼食はJBIC(国際協力銀行)の相川主席やJETROサンパウロの渡邊所長らとともに。JBICのブラジルでの実績にプレゼンを頂く。昨日訪問したリオドセ、アルミニウムのアルブラス、石油のペトロブラスなど、ブラジルの主要資源産業の発展には日本の協力がかなり効いている。今後も資源分野やCDMによる温室効果ガス削減のプロジェクトなど有望な事業もあるようだ。うわさのシェラスコ料理はどんどん肉が出てきてあっという間に満腹に。午後はパン・デ・アスーカルへ。396メートルの花崗岩席の断崖絶壁の山、ロープウェーに乗って上る。こちらも曇っていて眺めがイマイチだったがリオの全景を見渡すことができた。

 市内のガソリンスタンドでエタノール燃料の販売の様子を視察。ブラジルは大量に生産されるサトウキビを利用してエタノール燃料を生産しており既に国内の自動車燃料として広く普及している。立ち寄ったガソリンスタンドではエタノールがリッター1.77レアル(約90円)、レギュラーガソリンがリッター2.56レアル(約130円)で価格はガソリンの約7割といったところ。聞くところによると燃費はエタノールがガソリンの7割程度なので、どちらが価格優位かははっきりしないがエタノールはガソリンに比べて地球環境への影響が低い。ちなみにエタノールを自動車燃料として使うためには、自動車側の燃料タンクやガソリンスタンドの貯蔵タンクなどをエタノールに対応できるものにしなければならない。ブラジルではこのFLEX仕様の自動車が8割とのこと。日本でもいよいよ実用実験が始まるが、街中で普段に見かけるようになるにはいろいろと課題もある。ともかく市民がガソリンかエタノールか利用を選択できるという点で我が国より進んでいる。アメリカ行きのフライトでチェックインに時間がかかる関係で早めの午後4時過ぎには空港へ。フライトまでの待ち時間はラウンジで仕事。夕方6時25分発サンパウロ経由ニューヨーク行きAA950便に乗り込む。ニューヨークへは翌日早朝6時過ぎに到着。


8月18日(金) 活動報告 

 今日も移動のために早起き。ブレーカーが落ちていて電気がつかない。いろいろあるものだ。ホテルを朝6時に出発し空港へ。7時半発のブラジル・リオディジャネイロ行きLA750便に乗る。途中サンパウロでショートストップした後に午後1時50分にリオデジャネイロへ到着。神谷総領事の出迎えを受ける。スケジュールがタイトであったので空港内のラウンジでサンドウィッチの昼食をとり、そのままCVRD(リオドセ)社へ。

 午後3時よりリオドセ社のアモリム国際業務部長ら幹部と会見。同社は世界最大の鉄鉱石サプライヤーであり日本にも1955年以降50年以上にわたり鉄鉱石を輸出してきた。私からはJBIC(国際協力銀行)がカラジャス鉄鋼山開発案件をはじめとして鉄鉱石、アルミ、輸送網等の様々な融資を実施してきたこと、さらに04年にNEXI(日本貿易保険)がリオドセ社の手がけたソセゴ銅鉱山開発に対する保険を付保して同社の事業多角化を支援してきたことが我が国とリオドセ社との双方にとって喜ばしいことである旨を発言。アモリム部長より今後の多角化戦略として同社がニッケルや銅に力を入れていること、加えて積極的に海外展開を計るためにカナダをはじめ50カ国以上で研究を実施していること等について話を伺った。同社が日本との長期にわたる安定的な関係を今後も大変重視していること、さらに環境技術面での協力関係の強化を強く期待していることも伺った。同社は現在カナダのニッケル大手のインコ社のM&Aを仕掛けており、成功すれば鉄鉱のみならず非鉄部門でもメジャー入りをすることになる。



 続いてリオデジャネイロ連邦大学へ。午後4時半より同大学水素研究センターのミランダ教授と会見。同教授に研究施設を案内してもらう。同研究センターでは石油会社、化学会社、自動車会社等からの実用化のための委託研究を請け負っている。商業施設や病院、ホテル等の分散型のエネルギーシステム構築に水素燃料電池の活用の可能性が大きいとして研究している。水素燃料の研究施設を有するのはブラジル国内では2つのみとのことであり、水素燃料電池を中心に最新の研究についてお話を伺う。



 リオデジャネイロ市内のホテルにチェックインした後に夜8時より有名なコルコバード丘の下にある総領事公邸にて神谷総領事ご夫妻や現地日系企業関係者と夕食。リオデジャネイロの事情について様々なお話を伺う。ブラジルの治安は想像以上に悪く、駐在員の方も一度や二度はいろいろと怖い思いをしているらしい。ホテルには夜11時前に戻った。出張中4つ目のホテルで初めてインターネットへはすぐに接続。ホテルはコパカバーナの海岸沿いで週末の夜は深夜までうるさかった。

8月17日(木) 活動報告 

 今日はまず、COCHILCO(チリ銅委員会)へ。ティテルマンCOCHILCO副総裁と会見。COCHILCOは、チリ政府の中にあって技術集団としての独立的地位を有しており、鉱業省に対して銅など鉱物の現状分析や将来展望を提言する組織である。ティテル副総裁とは銅価格が非常に高い水準で推移しているなど市場見通しに対する認識やチリのロイヤルティ(鉱業特別税)などの鉱業法制度運営、投資環境に対する認識、銅市場の国際統計などの整備を行う国際銅研究会における協力関係、COCHILCOと日本のJOGMEC間での情報交換会等の緊密な関係の維持・発展について意見交換。同行の朝日鉱物資源課長は国際銅研究会の総会議長も務めている。


 次のアポとの間の時間を利用して市内高台にある公園へ。小泉総理のチリ訪問の際に植樹をした日本庭園があった。残念ながらサンチャゴは、盆地であるために年中スモッグで曇っている。日本の環境技術協力が必要かもしれない。遠くに見えるアンデスの山々をバックにしたサンチアゴの市街全景を眺める。その後鉱業エネルギー省へ。ポニアチック鉱業エネルギー大臣を表敬。チリの現政権は大統領も含め、閣僚20名のうち10名が女性とのことだがポニアチック氏も国際的なビジネス経験を持つ女性大臣で、エネルギッシュで非常に聡明な印象。大臣は日本企業の積極的な投資、日本とチリの鉱業・エネルギー分野でのジョイントベンチャーについて強い期待を示していた。両国の経済関係を緊密化する上でのFTA・EPA締結の可能性、そのほか鉱業用水不足が課題のチリにおける海水淡水化プラント造成等の環境技術協力などについても日本の高い技術力を宣伝しつつ意見交換。


 午後1時半より小川大使にお招きをいただき、市内の中央市場内のレストランにて昼食。新鮮な蟹やエビ、ウニなどを醤油とわさびで食べた。その後市内の中心部で大聖堂を訪問。街中のマーケットでチリとアフガニスタンでしか採れないラピスラズリのカフスを購入。大使館でしばし大使と懇談。チリの地図では南極大陸の4分の1がチリ領土になっていることを知る。午後4時半からアレジャーノCODELCO(チリ銅公社)総裁を表敬。昨日にチュキカマタ鉱山を視察させて頂き、鉱山経営をうまくマネージしている同社の運営能力、技術力の高さを確認した旨を伝えるとともに、CODELCOの中長期の経営戦略についてお話を伺った。増産計画が進行中でグループ全体での年産170~180万トンの現状を10~15年後には年産250万トンに引き上げる予定とのこと。同社は銅に加えて、副産物として産出されるモリブデンの40%を日本に輸出している。鉱山でのストライキ等の労使問題などの諸課題への対処等幅広く意見交換。日鉱金属とバイオテクノロジーのジョイントベンチャーを持っており、NTTと鉱山内の遠隔作業やモニタリングの共同事業を行っているとのことで、今後も日本との幅広い協力には極めて前向きの印象だった。その後午後7時から小川大使主催の夕食会のお招きにあずかる。元国会議員である小川大使とチリ情勢の話のみならず日本の政治談義などで盛り上がった。本当はこの9月で帰任の予定だったが、FTAの交渉などもあり年内は在任されるとのこと。夜9時半頃ホテルに戻る。今日はスムーズにネットに接続。


8月16日(水) 活動報告 

 ホテルで朝食をとり、9時過ぎに出発。20分ほどでCODELCO(チリ銅公社)が経営しているチュキカマタ鉱山へ。チュキカマタ鉱山は世界最大規模の銅露天堀鉱山で、年間70万トンの銅を産出。(ちなみに日本の年間の銅使用量は120万トン)1915年に開発されたが71年に国有化、76年にCODELCO(銅公社)が設立されるに伴い同社の傘下となった。もう既に操業以来90年近く。まだまだ銅は出てくるらしい。また銅の副産物であるモリブデンもかなりの量を日本に輸出している。
 事務所に到着するとまずは安全靴と上着、安全ベスト、ヘルメット、ゴーグル、防塵マスクとフル装備。本日の視察はそれぞれの工場で、概要の説明を聞いた後に現場を視察という順番で各工程をまわっていった。

 まずは選鉱所を視察。鉱山から採掘した鉱石を粉砕する工程だ。チュキカマタ鉱山は標高2800メートルで空気が薄く、階段の上り下りで息切れが。粉砕器がグルグル回りながら出す粉塵が凄かった。とにかくスケールがでかい。



 その後製錬所を視察。大きな溶鉱炉で銅精鉱中の不純物、硫黄分を分離する。巨大なクレーンで巨大なバケツを運んでいるが、バケツの容量は40トンとのこと。硫黄分は最終的に硫酸として回収する。溶鉱炉で溶かした銅を整形する粗銅製造の工程も拝見する。高さ1m50、250キロの銅板が次々と出来上がる。


 午後1時より鉱山内のゲストハウスにてジャルパCODELCO副総裁主催昼食会。ジャルパ氏は長らく鉱山技師のプロフェッショナルとして請われていくつかの会社を渡り歩きコデルコ社での勤務も3度目とのこと。非鉄金属市場が近年まれにみる高水準で価格が推移している環境の中での、原料の安定供給とそれに向けた鉱物資源の継続的な探鉱開発の強化が海外に依存する日本としても極めて重要であること、世界有数の非鉄金属会社であるコデルコ社とも安定的な関係を維持したい期待申し上げ、その他意見交換。価格の高騰もあり、11月には従業員との賃上げ交渉も控えているとのこと。


 午後2時半より精錬所を視察。銅地金を製造するため、硫酸中で電気分解を行っている。電気分解には18日ほどかかるとのこと。思ったより長い時間がかかるものだ。この工場広い。となりに巨大な鉱山があるからこそ、思い切った設備投資も可能になる。


 その後、採掘した鉱石を運搬するためのトレーラーの補修所へ。最大330トン搭載の日本のコマツ製などの巨大なトレーラーが並んでいる。一台一日に5000リットルの油を消費するそうだ。価格は350万ドル(4億円弱)。特性の巨大なタイヤは一台に6本つけられているが一本3万2千ドル(350万円)とのこと。どれも破格の規模でびっくり。タイヤも資源価格の高騰で世界的に需要があって、品不足とのこと。タイヤの磨耗を減らすために念入りに鉱山内の道路を舗装しているらしい。


 最後に午後4時頃にチュキカマタの採掘露天堀のピットを視察。大きさ4.7キロ×3.0キロ、深さ900メートルと世界最大規模の人工の穴は壮観。日量19万2千トンを採掘する。ちなみに含まれる銅は1%とのこと。壮大な規模の露天掘りをしばし眺める。7月に鉱石を運ぶ坑道が崩落をして、ベルトコンベアが使えないため先ほど見た巨大トレーラーがフル稼働中。坂道を鉱石を一杯に積んで列をなして登ってくる巨大トレーラーもまた壮観。7時間に及ぶ密度の濃い視察を終えて、チュキカマタ鉱山を後にしてホテルへ。荷物をピックアップしてそのままカラマの空港へ。



 午後6時発LA353便サンチアゴ行きに乗る。2時間のフライトの後サンチャゴへ到着。8時半頃市内ホテルへチェックインした。メンバーで夕食に出かける予定が、東京から仕事のメールがたくさん来ていて、外出はあきらめる。

8月15日(火) 活動報告 

 またまた早くに目が覚める。時差ぼけのまま日本に帰ったほうが、帰った後は楽かもしれない。深夜に着いたばかりなのにもうチェックアウト。ホテル内で朝食を済ませ、チリ滞在中のスケジュールや会談内容の打ち合わせ。サンチャゴに一泊、北部のカラマに一泊、サンチャゴに戻ってまた二泊の滞在になる。そこに小川大使が登場、かつて学生時代に自由社会フォーラムというシンクタンクでアルバイトをしていたが、大使は当時衆議院議員として、そのメンバーだった。そんな話を申し上げると「かなりふっくらしたね」と覚えていて頂いた。大使からしばし、チリの政治経済や日本-チリの情勢について説明を頂く。政界からから引退後、商社マンとしての南米体験を買われて、民間人から任命され4年になる。大使の半分は「外務省以外から任命すべきだ」という意見があるが、小川大使はまさに適材という感じ。チリも最近政権交代があり、女性大統領が誕生したが、閣僚20人の半分は女性らしい。



 市内のレストランに移動し、サンチャゴ在住の日本人ビジネスマンの皆さんと昼食会。商社、非鉄金属やパルプなどの会社が主力。3%の拠出金でもめている昨日のペルーと違って、5%のロイヤリティについても政府と民間とで決着がついたそうで、1990年に独裁制から民政に転換以来、政治が安定しているが故か。今年の国会閉会後の議員の訪問は僕が初めてだそうで、精錬所や鉱山を訪問することを、参加者が喜んでくれた。ペルーとは違ったチリ料理を堪能。


 3時に空港に向かい、4時15分のフライトで一路カラマへ。空港は海抜2000mにある。バスでホテルへ。関係者と夕食をとりながら明日の準備。同行者はほとんどが、地質学、鉱物資源などの専門家で、雑談も含めて専門的な話が飛び交い、結構ためになる。

8月14日(月) 活動報告 

 2時に目が覚めて、部屋でネットに接続を試みるがうまく行かない。無線LANの使えるフロントへ降りて、しばしメールのチェックや原稿執筆。4時に部屋に戻り二度寝。8時半過ぎにホテル一階で朝食をとり、チェックアウトを済ませて9時45分にホテルを出発する。滞在中パトカーが先導してくれるので、どこへ行くのにも予定時間より早めに到着。

 まずはペルー外務省へ。外務省の建物はコロニアル風のつくりで280年前の建築物とのこと。10時15分よりグティエレス外務副大臣と会見。同副大臣は、旧政権時に駐日大使として日本に赴任することになっていたがガルシア新政権発足に伴い、要職の外務副大臣として仕事をするよう外務大臣より要請されたとのこと。私から日本政府の名代として、ガルシア大統領の就任お祝いの伝達をお願いするとともに、資源開発の分野を中心とした今後の日本とペルー両国間の協力の可能性について意見交換をする。聞くと偶然にも同じワシントンのSAISで学んだとのこと。


 その後エネルギー鉱山省へ。11時よりバルビディア・エネルギー鉱山大臣と会見。ペルーは我が国にとって亜鉛や鉛鉱石の重要な輸入相手国でありその他銅等も多く産出する貴重な資源国である。非鉄金属の消費が昨今の中国をはじめアジア経済の急速な発展により大幅拡大しており非鉄金属の国際価格が市場まれにみる高水準で推移している現下の状況認識や鉱業国ペルーにおける鉱業に関する投資・事業環境について意見交換、さらに既に進出している日本企業のペルーでの鉱山開発等の事業について今後の引き続きの安定的な事業支援を依頼するとともに、日本・ペルー両国の今後の協力関係発展について幅広く意見交換。鉱山企業に対して拠出金を課すという政策が検討されているが、既にある日本企業との契約はしっかり守るとの確約を頂く。


 午後1時より大使公邸において石田大使、在ペルーの鉱業関連日系企業の駐在の方々やバルディビア・エネルギー鉱山大臣、ソラール鉱業協会会長、モラレス経団連会長と昼食会。日本とペルーの資源開発協力について政府、企業、業界団体の立場から活発に意見交換。特に拠出金の徴収方法や使い道について日本の企業関係者は興味があるようだ。国営化による油田や鉱山の接収など、ベネズエラやボリビアなどでは過激な資源ナショナリズムもあるが、ここはまだ穏やか。


 午後3時過ぎに大使公邸を出発しカハマルキージャ精錬所へ。同精錬所はリマ市の東約22キロにあり、ペルー国内最大の亜鉛やモリブデンの精錬所だ。1981年に国営企業として生産開始し、1995年に丸紅が15%出資したが2004年にブラジルの企業が買収したそうだ。現在亜鉛の生産を拡張する計画とインジウムを回収する新規プラント建設を検討している。雨が降らないので、プラントもほとんどの部分は屋根がなく、むき出し。日本の精錬工場とはイメージが違う。



 その後リマ国際空港へ向かい19時55分発のLA635便でチリ・サンチャゴへ。3時間半のフライトの後サンチャゴには深夜0時過ぎに到着しホテルには深夜1時半頃チェックイン。インターネットで小泉総理の靖国参拝のニュースを確認。中国や韓国ではどう報道されているだろうか?

8月13日(日) 活動報告 

 7時には時差ぼけで目が覚める。フロントで無線LAN用のカードを購入してしばしメールチェックと原稿執筆。11時半よりホテル会議室で朝日資源エネルギー庁鉱物資源課長や西川JOGMECリマ所長らリマ滞在中のスケジュールの打ち合わせをする。日曜日ということもあり今日はかなりゆったりとしたスケジュール。

 12時半にホテルを出発、リマ市西部の海沿いの桟橋にあるレストランでシーフードの昼食をとる。水産資源に恵まれたペルーの魚介類は美味。ペルーの鉱物資源と日本企業のオペレーションなどについてお話をうかがう。その後、AMANO博物館へ。インカ帝国が出現する以前の時代の特にチャンカイ文化と呼ばれる文化遺跡のコレクションに加えてインカ時代にわたる土器、陶器が年代順に配列され、隣にはチャンカイの織物の展示もされている。当初は日本からの移民である天野芳太郎氏個人の博物館であったが、これを財団法人として組織替えして日本人により運営されているとのこと。日本人の考古学者の方におもしろく丁寧に解説していただいた。


 リマは14年前の4月に当時滞在していたワシントンから、フジモリ大統領への単独インタビューに来て以来。ゲリラとの戦闘が激しく、日本大使館の正門に爆弾を積んだ自動車が突っ込んだ直後で、インタビュー以外はホテルから一歩も出ることができなかった。現在は治安も安定しているリマの旧市街地を車でまわり、かつて訪れた大統領府前の広場を少し歩いた。その後銀製品等が並ぶマーケットを覗いた後に6時前にホテルへ戻る。NHKの国際放送を見ると東京が停電とのニュース。テロでは無さそうなので安心。夜7時より市内レストランにて石田大使と夕食。現在のペルー情勢、日本との関係などについて様々なお話を伺って明日の会談の準備。フジモリ問題などで日本に批判的だったトレド政権からガルシア政権に変わって、対日関係を修復したいという意向が新政権にはあるとのこと。ホテルには夜9時半頃戻る、いつの間にか就寝。


8月12日(土) 活動報告 

 お盆の土曜日ということで、今日も道路は混雑しそうだ。早朝、先週日曜に続いて二宮へ。かながわ自民党の青年局主催のビーチフェスタ。案の定東名、国道1号とも大渋滞で、50分の道のりが2時間30分かかった。自民党神奈川県連では河野太郎県連会長の発案で、これまで45才以下だった青年局メンバーの年齢を30才以下にしたばかり。学生や普段選挙のボランティアなどをしてくれる顔見知りのメンバーなどで結構賑わっている。地引網にかかったシラスやバーベキューなどを頂き、横浜へ。



 横浜事務所まで帰りは50分。事務所スタッフとミーティング、しばらくのスケジュールや、10月のパーティの準備、南米出張中の段取りなど。一度仲町台の自宅に戻り成田へ向かおうと東名のインターまで行くと事故渋滞。あわてて首都高横羽線で東京へ、突然バケツをひっくり返したような雨、「やばい、乗り遅れる」と思ったら、大きなトラックと接触。ドアミラーが粉々に。相手の運転手は気づかないのかそのまま行ってしまった。大雨で電車も止まったが、飛行機も成田に降りられず、2時間遅れで出発。先日のモンゴルに続き、天候に祟られている。

 今回のメンバーは鉱物資源課の朝日課長ら計6名。11時間のフライトの後LAに着くが、乗り継ぎのリマ行きもギリギリ。児玉ロサンゼルス総領事らにお世話になってLAN航空のカウンターへ。ロンドンのテロ未遂事件の影響でセキュリティチェックも厳しい。液体は持ち込み禁止とのことで目薬は没収されたが、何とか滑り込みセーフ。さらに8時間飛んで、リマには深夜0時30分に到着。石田大使のお出迎えを受けホテルへ。1時半にチェックイン。インターネットにつながらずいつの間にか3時。ここまで起床から35時間。長くトラブル続きの一日だった。

8月11日(金) 活動報告 

 午前中は、本日13時から行われる出版のための座談会の準備と、明日からの南米出張の準備を行う。最近資源エネルギー漬けの毎日が続く。

 13時から、参議院会館の議員第一会議室にて、西村康稔衆議院議員、日本エネルギー経済研究所の十市勉専務理事・首席研究員、新日本石油株式会社の平井茂雄常務取締役・執行役員と座談会を行う。資源・エネルギーの需要と供給、そして今後日本が進むべき道について、有意義な意見交換を行うことができた。



 会館事務所に戻り、14時半から来客一件の後、9月に控えるインド出張について、情報通信機器課の横尾課長から説明を受ける。15時から幸田さんと面会。続いて、明日からの南米出張について、朝日鉱物資源課長との打ち合わせ。その後、10月のパーティーの発起人をお願いしている議員にご案内状を持参する。森喜郎、青木幹雄、片山虎之助、中川秀直、安倍晋三と廻ったところで尾身先生とばったり、事務所に行って総裁選について意見交換。

 会館事務所に再び戻って、原子力政策について意見交換。その後、神奈川新聞からモンゴル出張についての取材を受ける。続いて、新エネルギー対策課の安藤課長とバイオマス、燃料電池など新エネルギー政策について意見交換。二階大臣がアメリカ出張の際にニューメキシコのリチャードソン知事に会うとのこと。石川秘書官に電話して人となりを伝えることに。

 更に18時より、東シナ海のガス油田問題について保坂石油天然ガス課長から説明を受ける。また、先般パブリックコメントのかかった中心市街地活性化法の計画認定基準となる基本方針について、山下中心市街地活性化室長より説明。神奈川県の自治体の反応はあまり良くないらしい。これから会う首長さんには是非認定を受けてくれるよう広報が必要。その後、原子力立地・核燃料サイクル産業課より、六ヶ所村の原子力施設について説明を聞く。そして、斎藤産業再生課長と、ベンチャー政策勉強会について打ち合わせ。取りあえず5回までの議事録をまとめ、参加者からもコメントをもらうことに。アウトプットをどうするかしばし相談。

 終了後、昼前に起動したが、予定がびっしり詰まっていて見られなかったパソコンのメールチェックをようやく行うが、迷惑メールが2000件以上。途中であきらめて汐留に向かい、19:30から韓国のソンヨンギル議員と夕食。出張準備をするが11日間は長丁場。南半球は冬なので、スーツやら鉱山視察のジャンバーやら、あれこれ迷ったら2時になった。やれやれ。

8月10日(木) 活動報告 

 朝から横浜へ向かい、自民党神奈川県連へ会議室にて司会を務めることとなった南関東・北関東ブロック大会について浮島代議士(事務局長)と打ち合わせ。なぜか北関東(群馬、栃木、埼玉、茨城)と南関東(神奈川、山梨、千葉)の共催で横浜が会場に。司会のパートナーは小渕優子議員。電話をして明日から出張なのでメールで打ち合わせをする旨を伝える。
セレモニーに続き、16区の亀井善太郎支部長の紹介があり、総裁選のパートへ、安倍、麻生、谷垣候補予定者に加え、河野太郎県連会長も加わって、10分ずつの所信表明を行う。(鳩山邦夫代議士にも意向確認中)最後に16区補選、統一地方選、参議院選挙の必勝を期してガンバローコールで閉めることに。

 午後は横須賀、横浜とあいさつ回り。夜は鎌倉に向かい、19時から由比ヶ浜の海の家で鎌倉花火大会に出席した。モンゴル疲れが若干出た感じで、早めに就寝。

8月9日(水) 活動報告 

 チェックアウトは6時、フライトは7時45分の予定だが、台風の影響で飛ぶのか心配。空港に到着すると雰囲気が怪しい。案の定、成田には降りられないとのことでフライトは、しばらく延期。中国の瀋陽に向かう便に乗り込む民主党の中川議員、内藤議員と参議院ODAの派遣団を見送っていったんホテルに戻る。成田に定刻着を当て込んで、午後1時に北京に行くアメリカの友人と第一ターミナルで会う予定だったが、東京に電話をしてキャンセル。



 11時に再びフロントに集合、時間はわからないが取りあえず空港に向かう。空港では4時にチェックインの予定ということで、近くのホテルに向かい昼食。オーダーをしてしばらくしたところでフライトが2時半になったと連絡が入る。料金だけ払って、食べずに空港へ。二転三転するが、相手は台風だからどうしようもない。12日からの南米出張と15日の原稿締め切りを考えると、この時間のロスは痛い。空港内でラーメンが食べられると聞いて行ってみるが、韓国製のカップヌードルだった。結局、4時過ぎにウランバートルを出発、5時間弱のフライトで成田に到着。フライト中、資源エネルギー関係の書類を読みあさるつもりが、不覚にも熟睡。充実した出張だったが、最後は台風のおかげで珍道中に。成田から直接都心に向かい世耕議員と合流。先日のパーティーと総裁選の話しなど。明日こそは原稿執筆、頑張らねば。

8月8日(火) 活動報告 

 夜中にホテルの電源が落ちたらしく、目覚ましが鳴らなかった。あわてて起床し、7時半から宿泊ホテルにて朝食をとりながら、谷資源エネルギー庁石炭課長をはじめとした経産省スタッフと本日の予定についての事前打ち合わせを行う。

 9時にホテルを出発、まずは産業通商省へ向かう。9時半よりソドバータル産業通商副大臣を表敬訪問、同副大臣は本年6月下旬に訪日された際に経済産業省で表敬訪問を受け、お会いしている。今回、私がモンゴルを訪問すると連絡を入れたところ、大変喜んで頂き、本日一日の予定をフルにご一緒して頂くことになった。31歳の副大臣はもちろん最年少。与党である社会革命党の青年同盟のトップとして活躍し、首相の側近である。


 バイ会談においては、最近国会で承認されたモンゴルの鉱業関連の法制について、日本とモンゴルの共同地質構造調査の実施について、モンゴルの投資事業環境について、日本経済産業省・モンゴル産業通商省商省間での定期協議等で日本に要請されているWTOなどマルチ交渉や外国市場へのアクセス、中小企業育成などの人材育成、能力向上に対する支援についてなど幅広く意見交換を行い、さらに我が省が進めている国際一村一品運動やその他の政策の紹介・宣伝等も行った。定期協議の内容を充実させること、経産省関係のあらゆる情報にアクセスできるようにお互いにコンタクトポイントをしっかり決めることなど。

 その後、ウランバートル市第4火力発電所を視察。同発電所はモンゴル最大の発電能力を有しモンゴルの主要都市に電力、冬季暖房用の熱、工業用蒸気を供給している。以前は自動制御システムの機能不全で夜間ピーク時に対応できない、あるいは微粉炭関連機器の機能不全により供給不安定になるという問題を抱えていたが、日本が95年度、2000年度の2期にわたり計106億円の円借款を提供し、電源開発、横河電機、日商岩井、伊藤忠商事の受注日系企業の貢献により機能回復を果たした。モンゴルにおいても日本政府のODA及び日本企業の技術・管理ノウハウが大きな役割を果たしていることを確認する。




 昼食は、市内ホテルのレストランにて、ジャルガルサイハン産業通商大臣が主催して昼食会を開いて頂いたのでお招きにあずかる。大臣はモンゴル最大のカシミア製品の企業経営者で、これまで会った政治関係者とはスタイルも趣きも違ったタイプ。モンゴルの投資事業環境や石炭をはじめとする鉱物資源への日本政府、日本企業の関心。今後の両国間の貿易・投資関係の発展等について幅広く意見交換をする。モンゴル産業通商省の主要幹部も勢揃いで出席。


 大臣との昼食会が長びき、予定よりかなり遅れて午後3時頃、市内を出発してバガヌール炭鉱へ。同炭鉱はウランバートルの東部約130キロに位置し埋蔵量5億6千トン、年間400万トンを生産するモンゴル最大の炭田だ。世界銀行と協調融資によるプロジェクトであるが、日本の円借款は炭鉱開発目的で96年度、97年度の2年にわたり約100億円が利用されている。露天掘りの炭鉱は12km×5kmという巨大さで、圧倒される。モンゴル南部のゴビ地域にはこの炭田をはるかに上回る世界最大級の炭田も確認されており、豊富な銅や金などの鉱物資源も併せて、無資源国の日本にとってはモンゴルは極めて重要なパートナーとなる。100トンの石炭を運べる巨大なダンプが炭鉱内を走り回る。ここで掘り出された石炭は列車でウランバートルに運ばれ、火力発電所で使われる。日本のODAがうまく使われている例だ。バガヌールへのソドバータル副大臣と朝の会談の続き、10月に来日の予定があるとのことで課題を整理することに。




 夜7時半より、郊外のレストランにて、ソドバータル産業通商省副大臣の主催で夕食会を開催して頂く。副大臣の出身地である古都カラコルムの宮殿風のホテルで、産業通商省幹部に加えて、現地の日系企業関係者も加わり、日・モンゴルの協力について意見交換。ソドバータル産業通商副大臣からは今後とも日本企業の意見をしっかりと聞きたいという発言もあり、良い雰囲気で終了。


 副大臣が近くの知り合いのゲル(モンゴル遊牧民の移動式住居)に行こうというので気軽に応じると、郊外からさらに街灯の全くない道を50分。馬が100頭以上いる草原のゲルにお邪魔し、絞ったばかりの馬乳でつくったお酒を勧められる(馬乳酒)。カルピスをすっぱくした味だった。ホテルに戻るとまた午前1時。明日は6時出発。また睡眠不足が続いている。台風は大丈夫だろうか?


8月7日(月) 活動報告 

 昨日は結局、スピーチ原稿の準備で深夜3時就寝。7時に起床して朝食。8時半に会場の国会議事堂へ向かう。今回は旧知の韓国国会議員、主催者であるモンゴルの国会議員、そしてイギリス、ブルンジ、アンゴラの国会議員に加え、各国のNGO メンバーなどが参加。
日本からも拉致問題や、人権問題に熱心なNGOメンバーが多数参加。


 定刻より若干遅れて「第3回北朝鮮難民と人権問題に関する国際会議」がいつもパワフルな韓国ハンナラ党のソン・ヨンサン女史の司会でスタート。韓国ファン・ウヨ議員、モンゴルのグンダライ保健大臣、民主党の中川正春衆議院議員の三人の共同議長からの歓迎スピーチ。続いて、韓国から参加の脱北者からの生々しい証言のセッション。北朝鮮の人権問題は中国にも大きな責任があることをあらためて実感。10分間の休憩の後、第一セッション「脱北者と北朝鮮人権問題、拉致問題解決のための国際連携について」がスタート、日本を代表して基調講演を行う。主に、日本における北朝鮮人権問題の位置づけと国民の関心の高まり、拉致問題の解決に向けての日本政府の取り組み、問題解決のための国際連携の必要性と、自民党拉致対策本部国際連携チームの取り組みなどについて説明。続いて、拉致被害者である市川修一さんのお姉さんの龍子さんの証言があって、ディスカッションへ。日本、韓国、モンゴルに加えて、イギリス、ブルンジ、アンゴラそれぞれ、様々な角度からのコメントがあって無事終了。


 昼食はモンゴルのバダム・ラムディン議員の招待で近くのホテルへ、ラム肉の料理がメイン。午後の第2セッションは「脱北者の難民認定と再定住施設の建設」について、韓国のイ・キョンジェ議員から基調講演があり、各国議員やNGOメンバーから意見表明が相次いだ。その後、コーヒーブレイクをはさんで脱北者のドキュメンタリー映画「ソウルトレイン」の上映があった。映画の中で中国とモンゴル国境で逮捕され7ヶ月間中国当局に投獄されたチュン・キウォン牧師も会議の参加者の一人。最後に総会決議と共同宣言を採択して会議は終了。北朝鮮の人権問題の解決に向けた強い決意を表明。



 夕食はモンゴル料理のビュッフェ。日本で言う蒸し餃子と巨大な焼き餃子、ラムの串焼きなど日本人の舌にも合う。会議の感想、来年の開催地などの話題に加え、脱北者支援は、見える部分と見えない部分のバランスが大事だという話に。確かに現場で脱北者支援に関わる人々からは、彼らの行動に脱北者の命や一生がかかっているという緊張感が感じられる。拉致問題の解決にもこの慎重さと緊張感は必要だ。

 その後、モンゴル側の配慮で伝統芸能の劇場公演。モンゴルは東京から西へ3000km以上離れているが、サマータイムのため日没は10時。誰が言い出したのか「草原から見る星はきれいだ」ということで、一時間かけて星のきれいな草原に。市川さんが北朝鮮の弟さんに届けとばかりに持参のハーモニカで演奏。しばしモンゴルを満喫するが、ホテル着はまたまた1時。またまた長い一日だった。

8月6日(日) 活動報告 

 いよいよモンゴルへ出発だが、とりあえず今日も早起き。行楽客の渋滞を見越して6時に出発、二宮町に向かうがかなり早く到着。朝8時から梅沢海岸にて、中郡選出の古沢時衛県議の地引き網に出席し、ご挨拶する。朝から太陽が照りつけ、海に飛び込みたくなる暑さだった。その後、国会に向かい、保土ヶ谷区選出の田中忠明横浜市議の国会見学団を出迎え、参議院を案内する。鎌倉で叙勲のお祝いに出席の予定が、日曜日で渋滞との情報。あきらめて成田へ。



 空港に着くと参議院のODA調査団も同じフライトとのこと、葉梨康弘議員とともに15時25分発の飛行機に乗り、韓国の仁川空港に。1時間半の待ち合わせの後、モンゴルの首都ウランバートルに向かう。今回のモンゴル出張は、自民党を代表して、北朝鮮難民と人権に関する国際議員連盟第3回総会において基調演説を行うとともに、経済産業大臣政務官の公務として、日本のODAで建設した火力発電所、石炭鉱山の視察や資源エネルギーを担当する産業通商大臣・副大臣と会談を行う予定となっている。23:15ウランバートルに到着。待合室で、韓国の代表団と遭遇。あまり街路灯の無い道を中心部へ向かうが、踏み切りに列車が止まっていたりして、ホテルには24:30着。明日の原稿のプリントアウトのために、ビジネスセンターを空けてもらい、遅くまで作業。

8月5日(土) 活動報告 

 午前中は締め切りが迫ってきた出版原稿の準備、資料を集めすぎて収拾がつかない。途中であきらめて、久々にジムに、今日は約500kcalの消費。といっても中ジョッキ2杯分か。念願の床屋にも行ってさっぱり。明日のモンゴル出張の準備を始め、その後、横浜事務所でミーティングをする。朝日新聞AERAの取材を受ける。

 夜は、川崎区へ向かい、党川崎区支部の盆踊り大会式典に出席し、ご挨拶。県内にもいろいろな夏祭りがあるが、党の支部(厳密には小田分会)で主催するのはここだけ。天候にも恵まれ、大いに盛り上がる。帰りにモツ鍋でスタミナはばっちり。


8月4日(金) 活動報告 

 朝、宿舎を出発し、10月の励ます会の発起人依頼のあいさつ回りを行う。暑い一日だった。まずは、東名で厚木に向かい、何件かの訪問の後、11:30より厚木にて石井よしたか厚木市議のご母堂の告別式に出席。厚木選出の堀江県議の事務所を訪問し、懇談の後、隣で奥様が経営をされるビアレストランでハンバーグの昼食。地ビールがうまいのだがさすがに我慢。

 引き続き、愛川町や大和市であいさつ回りを行い、一路三浦半島へ。横須賀で小泉事務所や商工会議所などを回り、鎌倉、大船と経由し18:30より、中華街のローズホテルで港南区選出のたのい一雄横浜市議の納涼の集いに出席。
ホテル始まって以来という720人の着席の会でご挨拶させていただく。田野井先生のパワーはやっぱり凄い。つづいて川崎の宮前区に向かい、石田やすひろ川崎市議の役員暑気払いに出席。石田さんはまだ30台前半だが、来年は3期目の選挙、役員の皆さんも気合が入っていた。



 東京に戻り、事務所スタッフとともにSAISからこの夏インターンに来てくれていたサンティニ君の送別会を行う。若いスタッフは大食いが多く、食べ放題や飲み放題が事務所の定番メニューになりつつある。

8月3日(木) 活動報告 

 午前中はたまったメールのチェックと資料の整理、ラオス出張の片付け。12時より清和研在京議員の昼食会に出席のため赤坂プリンスホテルへ。今日は森会長も出席。福田先生の不出馬宣言を受けて、少しほっとした感じ。しかし「安倍さんも派閥では総裁選を戦わないと言っているので、我々はどうするんだろう」という声しきり。

 会館事務所に戻り、13時より読売新聞から参院選挙について取材を受ける。引き続き13時半より日曜日からのモンゴル出張について、北東アジア課と石炭課より説明があった。先日政務官室で会ったソドバーダル産業通商副大臣が8月8日はフルアテンドしてくれるとの、32歳の将来を嘱望されたエリートらしい。

 14時より頭脳スポーツ協会の宮永委員と面会、伝統産業であるそろばんの振興について意見交換。14時20分より共同通信記者から拉致問題に関する取材を受ける。

 内幸町に向かい、15時よりベンチャー企業に関する有識者懇談会の第五回目に出席。株式会社ベンチャー・ラボの山中唯義代表取締役、日本エンジェルズフォーラムの井浦幸雄代表理事、経済産業省の安藤晴彦 新エネルギー対策課長をゲストに、ベンチャー政策について議論する。

 会館事務所に一度戻り、打ち合わせ後、18時より世耕弘成議員のパーティーの司会。一部はグロービスの堀社長とのパネル、2部は懇親会だったが。パネルの議論も充実し、出席者も一杯で、来賓も豪華。さすが今をときめく世耕さんという会だった。司会をしているといつものように森会長からいろいろとご叱責。身内だから仕方ない。ご指導ありがとうございました。


8月2日(水) 活動報告 

 朝、会館事務所にて、葉梨康弘議員と日曜日からのモンゴル出張について打ち合わせ。終了後、政務官室に向かい、ビザインターナショナルのアジア太平洋の責任者や日本法人の社長などと購買調達カード(政府の物品調達におけるクレジットカード)について意見交換。電子政府の進捗のみならず、社会全体のイノベーションのためにも、各国の先進事例は参考になる。

 党本部に向かい、12時より振り込め詐欺撲滅ワーキングチームに出席し、アンケート調査結果や法的な問題点などについて議論をした。その後、会館事務所に戻り、日本インターネットプロバイダ協会の石田理事、金木さんと日韓議連のホームページの打ち合わせ。その後、坂井学議員と選挙準備について懇談。その後、朝日鉱物資源課長らと、来週末からの中南米出張についてレクを受ける。その後、中本元代議士とともに、参議院会館内の事務所をいくつか訪問。

 15:30からPHP出版の石田部長らと会い、出版の契約を行う。締め切りまで原稿が上がるか心配。その後、10月のパーティーの発起人依頼の電話等を行った後、川崎へ移動。廣田健一川崎市議のゴルフ大会懇親会に出席し、ご挨拶する。港北区へ向かい、南区選出の新堀典彦県議の新政会納涼会に出席。その後、中区に移動し、自民党横浜市連青年局の暑気払いに出席。新しいメンバーも増えて、心強かった。



 ラオス出張の後片付けは未だできずに今日も終わった。
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